
『正攻法による勉強法とは。考えさせるものがあります』
受験技術研究家ということらしいです。筆者は東大の文系と理系の両方の受験勉強を
経験され合格を果たされた、名門高校の出身の方です。文章からは非常に自信をもって
受験を切り開いてこられた方のように見受けられます。
☆ このYELL BOOKというシリーズにはたくさんの医学部合格者の方の体験記・勉強記
があり、福井先生のような秀才ではない方(ぐうたらで30過ぎて医学部受験全部
親のカネで受験勉強。やっとこさ合格)の書かれたものもあります。
そこで、わたしも1番苦しんだ受験数学についてみると。
数学は記憶だというキャッチでお金を儲けているW先生に対抗意識があるように思います
が、テクニカルな側面は同じ様なことが書いてあります。精神論と技術論の二本立て。一見
よさげなアドバイス。まるで、蛍雪時代のW先生の連載と同じ傾向性。
どんな参考書をどう使うかというようなことが書かれています。
福井先生によれば、数学的思考がどんなものか、「医学的な証明」がないということのようです。そこで疑問があるのは、医学的証明というのはどういうことなのかということ。
現代医学は脳科学についてあまり知るところが多くない(急激に進展していますが)のでしょうが、なにか、一方的な断定にも聞こえます。もう少し謙虚な学問的態度が必要ですね。
ついでにいえば、福井先生も、毀誉なかばするW先生と同じ大学の医学部出身です。
日本の受験というものを考えさせられます。
特定の大学を出ただけで、そのまま社会でも通用するとお考えなので、
学歴だけを看板に受験本ができる。そんな印象を受けます。東大生が?の?とか
けっこう多いので、そういうやらせがおそらく出版の世界にもあるんでしょうかね。
また、数学で似たような問題を解いたかつての経験を思い出して、それをバカな生徒が「ひ らめき」と呼ぶとも主張されています。
これは、経験の反復が受験勉強であるということなのでしょうか。
もしそうであれば、極端なはなしをすれば、長くやればやるほど理3などの難関に合格
できるということになります。長くやれば、数学上の難問も解けるということになります。
そのうえ、「バカな生徒」がいるとすれば、「おりこうな生徒」もいるはずですが、彼らを
どうとらえるべきなのでしょうか?
バカとりこうはどうやって区別するのでしょうか?
☆ チャートのような「網羅系」の手法は、はたして「経験」の取得だけ
なのでしょうか。数学的センスとは、無意味な言辞でしょうか。
努力とはなんなんでしょうか。1番聞きたいことが書かれているとは思えません。
なお、ヒルベルトが提出した問題なども、「経験」を積めば、簡単に解けることになるので
しょうか? 受験勉強との違いはなんなのでしょうか?
ガロアは天才ではなかったのでしょうか。
創造的な頭脳とはいったい何なのでしょうか?
どうもこの筆者の主張は正しいとは思えません。
というか正しいとかそうでないとかの判断すらもよくわかりません。
戦術的な書き方なんですが。
ほかの科目も同様な調子です。
正攻法の効率的な勉強法を、自分で工夫するものが合格していくのではと思いますが、
ウラワザとか一発逆転とか、あせらず地道にやろうとする受験生を惑わす、
これはあまい誘惑のことばですね。もしこのレベルの単語で売ろうとしたとすれば、
読者を見くびっています。